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其の六 結論
結論
今まで我々は主に「日本書紀」と皇室について考えてきた。その中で、まず、やはり「日本書紀」は皇室の権力、その権力の正当性を朝廷内に見せつけるためのものだということがわかった。古今東西どこの国でも王朝がつくる歴史書というものは自己の権力の正当性を示すものである。「日本書紀」もそのような歴史書と同じ性質を持つということは教科書などにも載っている明確な事実である。そこは疑いようがない。「日本書紀」では地上の世界も天の世界も平等であるとし、皇室の権力の正当性を示すうえでもっとも大切ともいえる、皇室が生まれたルーツも「古事記」では天の世界の管理のもと生まれたとされたが、「日本書紀」では陰陽の理のもと自然に生まれたとするなど、天の意思に関係なく皇室の存在は当たり前であるとしている。「日本書紀」における権力を示すというポイントはこの神話観に集約されているのではないか。
その一方で、「日本書紀」にはもうひとつ考えられる性質があるということを述べたはずだ。それは「日本」という国家の形成である。具体的にいえば、国家の歴史をつくりあげることによって、国家のアイデンティティを構築し、官民の帰属意識を高めるということと、唐といった外国に追いつこうとしたということである。
「日本書紀」の編纂事業がはじまったのは天武天皇の時代だが、天武天皇の兄である天智天皇の時代、日本はかの有名な白村江の戦いを経験した。日本がそれまで持っていた外国への影響力は消え、唐の侵略におびえる国となってしまったのである。
天智天皇が白村江の戦いのあと、急速に国家体制をつくろうとしたことは明らかである。日本ではじめての律令ともいえる近江令の制定、水城や防人といった国家防衛体制の強化。天武天皇も飛鳥清浄御原令の制定や軍事力増強などその路線を引き継いでいた、いや引き継ぐほかなかったことは明らかである。朝廷の目標は唐に追いつくことだったのだ。
その中で天武天皇は日本固有の文化を保護したことは非常に有名な話である。宗教などの分野でさえ、日本固有の文化を非常に大事にしたのだ。彼は中国に似せて国づくりをしていくなかで「日本」のアイデンティティも大事にしたのである。「"日本"書紀」の名の通り、彼は日本の原型をつくりあげようとしたのであろう。