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其の二 神代
第二章 神代
神代とは
今回の展示で扱っている記紀には、さまざまな神話が載っている。この記紀と風土記などに載った神武天皇が即位するまでの神話の時代は神代と呼ばれていて、西暦では紀元前660年以前ということにされている。この章では、その神代について書いていく。
第一項 天地開闢
この天地開闢とは、混沌としていて境がなかった天と地が分離して、天と地ができたことをあらわしていて、日本神話ではこれが世界の始まりということになっている。
ここまでは日本書紀でも古事記でもあまり変わらないが、ここからはだいぶ違うので、まずは古事記の内容を書く。
古事記
このときはじめに高天原に造化の三神と呼ばれる3柱の神が、次に国土が生まれたときに、また2柱の神が生まれた。これらの神は性別がない独神と呼ばれる神であり、子供はつくっておらず、すぐに身を隠してしまった。しかし、これらの神は別天津神と呼ばれており、神話内では特別な神として扱われている。次にまた2柱の神が生まれたが、この神は今後の神話には登場しない。ここまでの神はすべて性別がないが、次に男女が対になった性別がある5対10柱の神が生まれる。これら2柱と5対の神はあわせて神世七代と言われる。
日本書紀
これに対して日本書紀では、一部古事記に出てくる神とかぶる20柱の神が生まれた後に、男女対の4組8柱の性別のある神が生まれる。これらの神と国常立尊、国狭槌尊、豊国主尊をあわせて、神代七代と言っている。この神代七代の神は古事記で言われるものと同じ神も入っているが、いくつか違う神も入っていて、数はこちらのほうが少ない。
日本書紀の記述でも、古事記の記述でも生まれた神のうちにイザナギ、イザナミがおり、これらの神は後の神話で活躍する。
また、この神話が生まれた背景には、この世界はどのようにできたのだろうかという疑問を解消するという神話においてはよくあることや、天皇の先祖であるイザナギ、イザナミが日本の土地を造ったということにして、天皇による国の統治を正当化させることなどが目的ではなかったかと考えられる。
第三項 国産み・神産み
古事記
この国産み・神産みも古事記と日本書紀で内容が違う場合があるため、まずは古事記の内容を書く。
先の天地開闢で生まれたイザナギ・イザナミは、別天津神に命令され、混沌とした世界をかき混ぜると、於能碁呂島ができた。2神はそこに降り立って話し、性交したが失敗してしまい、醜い子供が生まれてしまった。もう一度性交をやり直すと、子供として現在の淡路島にあたる場所が生まれ、その後も四国、隠岐島、九州、壱岐島と順番に8つの島が生み出され、これが現在の日本となり、大八島と呼ばれるようにもなった。その後に2柱の神は現在の小豆島や児島半島にあたる部分などの6島を生み出した。
その後続けて2柱の神は神を産み始めた。産んだ神の数は数十柱となっており、また、これらの神はすべてが住居や鉱山などの生産、火や木など自然現象にかかわるものになっている。このように神を産んでいたイザナミも、カグツシなどと呼ばれる火の神を産んだときにできたやけどが原因で、死んでしまう。これに対してイザナミと結婚していたイザナギは激怒し、カグツシを殺してしまうが、そのときに出た血からはタケミカヅチなどの後に活躍する神が生まれた。
この後、イザナギは死んだ妻を取り戻すため、死んだ者が集まる黄泉の国へ行った。ここでイザナギはイザナミを見つけて、国づくりが終わっていないことを理由につれて帰ろうとしたが、イザナミは相談してくるから自分の姿を見ずに待っているように言ったが、イザナギはそれを守らずに黄泉の国で醜くなってしまったイザナミを見てしまった。イザナミは醜い姿を見られたことを恥じてイザナギを追いかけたがイザナギは髪飾りや桃を投げたり、岩で道をふさいだりするなどして何とか逃げ帰った。この岩で道をふさぐことをしたときに、イザナミが、「私は一日1000人を殺す。」と言ったのに対し、イザナギは「私は一日に1500人を産む。」と言って、決別した。この会話が、人間が死んだり生まれたりする理由と言われる。
その後イザナギは日向(現在の宮崎県)で身につけたものを脱ぐなどして23柱の神を産み、その後体を洗うときに、3貴神とも呼ばれる太陽神アマテラス、夜の神ツクヨミ、海原の神スサノオの3柱を産み出した。イザナギはこれらの神に統治を任せたため、これより後はこれらの神が中心になって神話が動いていくことになる。
日本書紀
日本書紀では、国産みに関しては島の名前が違うくらいで、そう大きい違いはない。神産みでは、スサノオなどの神が生まれる順番が古事記とは違うということや、イザナギによる黄泉の国訪問などもなくなっているなどの大きな違いがある。などの違いがある。
この違いの理由には、日本書紀は古事記よりも正式な歴史書であるために、事実かどうかあいまいな神話の掲載量を抑えたことのように思える。
この国産み神話は、天皇が自分の祖先であるイザナギが造った国だということを主張することで、自らの神聖化と国の支配の正当化をするために作ったものではないかと思う。また、神産み神話は人間が生まれること、死ぬことという人間の疑問に答えるためという神話によくある理由でできたのではないかと思う。また、国土造成をした神であるイザナギに初代神武天皇の母であるアマテラスを尊いといわせることで、こちらも天皇の権威付けをしているように考えられる。
第三項 高天原神話
この神話は古事記と日本書紀であまり書いてあることの内容が変わらないので普通に内容を書く。
イザナギに海原を支配するように言われたスサノオは、母のイザナミがいる黄泉の国に生きたいといって泣き叫び、それが原因で世界に大きな損害を与えた。これが原因でイザナギによって海原を追放され、黄泉の国に行くことになったが、その前に姉であるアマテラスのいる高原天に行こうとしたときに高原天を攻めに来たのではないかと思われ、スサノオはこの誤解を解くために誓約をして、剣を捨てて、女の子を産むと誓ったところ、本当に女の子が生まれた。
これで自分の身の潔白は証明できたとして、スサノオはいろいろな乱暴を繰り返した。これを多くの神は迷惑に思ったが、アマテラスはかばっていた。あるとき、スサノオのせいで一人の人間が死んでしまい、アマテラスはこれを恐れたために天岩戸(扉が巨大な岩でできた洞窟)に引きこもってしまい、それが理由で高原天や葦原中国(日本)などは暗くなってしまい、災いや災害が起きた。
高天原にいた神々はこれをどうにかしなくてはならないということ思慮の神オモヒカネに相談した。このオモヒカネの命令でアメノウズメが天岩戸の前で踊らせて、アマテラスが様子を見に出てくるように仕向けて力のあるタヂカララに中から引っ張り出させた。このようにしてアマテラスは天岩戸から出てくることになった。これによって葦原中国や高天原は明るくなり、スサノオは大量の貢物をさせられて高天原から追放された。
第四項 出雲神話
この出雲神話は、出雲が舞台となっているスサノオのヤマタノオロチ退治から大国主の神話、国譲りまでの神話を指す。また、内容はまず古事記に添ったものを書く。また、大国主の名前はいくつかあり、大国主という言葉自体が個人名を表すものではないこともあるが、この章では大国主と呼ぶこととする。
高天原を追放されたスサノオは、出雲の国に降り立って、娘を連れて泣いている老夫婦に出会う。その老夫婦はもうすぐヤマタノオロチが娘を食べにくると言い、スサノオは娘を妻に貰う代わりに、ヤマタノオロチを退治することを約束する。スサノオは、8つの紋を持つ垣根を作り、それぞれに酒を入れて、ヤマタノオロチがそれを飲むように仕向けた。その計画のとおりにヤマタノオロチは酒を飲んで眠り、スサノオは蛇を切り刻んだ。そのときヤマタノオロチの尾から剣が見つかったため、それをアマテラスに献上した。この剣が、後に草薙の剣と呼ばれるようになるものである。その後スサノオは、出雲国内の須賀という地に向かい、そこで妻と暮らしたと言う。
この神話では、古事記ではヤマタノオロチとスサノオの会話がまったくないのに対し、日本書記ではあるということや、ヤマタノオロチの漢字表記が違うなどのことがある。
スサノオの子孫である大国主と八十神のうち、八十神が八神姫に求婚するために因幡に出かけたときに苦しんでいる裸の兎を見かけ、高い山に登って風に当たればよいといったので、兎は言うとおりにした。しかし、逆に苦しみがひどくなった。そこで大国主が兎に声をかけ、川の水で体を洗い、蒲の上を転がりまわれと言ったのでそのとおりにしたところ、兎は楽になり、兎はヤガミヒメと結婚するのはあなたでしょうと大国主に言った。
しかし、兎の予言通りヤガミヒメは八十神ではなく大国主と結婚すると言ったため、八十神は大国主に嫉妬して、殺してしまった。その後、母神が大国主を生き返らせるように高天原の神に頼んだため、その神の力で回復して生き返った。しかし、また八十神によって殺されかけてしまったため、母神に言われて木国に逃げていった。そこにも八十神が来て、出てくるように脅されたため、木国にいたオオヤビコニ助けられて根の堅州国に逃げていった。
大国主は根の堅州国に逃げたときに出であったスサノオの娘であるスセリビメを見て一目ぼれし、スセリビメト共にスサノオがいるところに行ったが、醜男といわれた上に葦原色許男神と名づけられて蛇がいる部屋に泊まらされた。しかし、大国主はスセリビメから蛇を静める蛇の比礼を貰ったため、無事に夜を越せた。次の夜にはムカデと蜂がいる部屋に連れて行かれたが、この日はムカデと蜂の比礼を貰ったために無事だった。その次の日にはスサノオがうった矢を取りに行けといわれて、草原に行ったときに火をつけられてしまった。しかし、近くにいた鼠に助けられて生きて帰った。
また、次にはスサノオに頭を掻くように命じられ、頭を掻いているふりをして木の実をかじっていたがそれがスサノオには分らず、寝てしまったスサノオを縛って逃げてきた。しかし葦原中国とつながる黄泉比良坂の途中でスサノオに追いつかれてしまい、八十神を退治して国づくりをするようにと言われた。
その後、大国主は出雲に移って八十神を退治し、スサノオに言われたとおり国づくりを進めようとしていた。そこに、1柱の神が流れ着いた。その神の名前はスクナビコナで、ここの神は何のことも知っているような神だったので、大国主をしばらく手伝った後に帰っていった。このまま一人で国づくりをするのは大変難しかったたが幸魂奇魂と言う神が、大和国の東にある山に自分を祭るなら国づくりに協力すると言ったために、大国主は三輪山に幸魂奇魂を祭り、協力して国づくりを終わらせた。これらの大国主の神話のうち、因幡の白兎と、大国主が八十神に殺されるエピソードは記紀にない。これは、朝廷の正式な歴史書である日本書紀に、出雲のような地方の話は乗せる必要はないと判断したためだと考えられる。
葦原中国ができたあとのあるとき、高天原にいたアマテラスが、葦原中国は自分の息子が治めるべきだといい、息子の天忍穂耳命を向かわせようとした。だが、天忍穂耳命は葦原中国が安定していない状況であることを報告し、自分は向かわなかった。そのためにアマテラスは高木神と相談して、八百万の神を集め、どの神を送ったらよいかということを聞いた結果、天善比命がよいということで、その神を送った。しかし、葦原中国の国づくりをし、治めていた大国主の家臣になってしまった。また、次に葦原中国に送られた天若日子も大国主の婿になり、自分が跡を継いで葦原中国の王になろうとしたために、高天原に戻ろうとはしなかった。その戻らない理由を聞くために、八百万の神によって雉の鳴女が送られたが、これは天若日子によって討ち取られてしまった。この後に高天原の高木神によって討ち取られ、次に建御雷神が葦原中国に送られる。この建御雷神が大国主に剣を立てながら天照大御神の葦原中国を支配したいという意向を伝えると、大国主は二人の息子に聞けと答えた。そのために、建御雷神が二人の息子に力比べなどをさせ納得させ、そのことを大国主に伝えて、宮殿を建てる代わりに葦原中国を天照大神に献上させるというものである。
この古事記のあらすじと他のものとではいくつか相違点があり、日本書紀では剣を立てたり、力比べをしたりするなどの表現はなく、平和的な交渉のみによって葦原中国を譲ってもらったということになっている。
また、出雲国風土記では大国主は宮殿を建てることではなく、出雲国を自分に支配させることを条件に葦原中国を天照大御神に与えている。
第五項 日向神話
日向神話とは、天孫降臨が行われた日向国を中心とした場所での神話のことである。この神話にも古事記版と日本書紀版があるが、まずは古事記の内容に沿って書く。
高原天の神アマテラスとタカミムスビは天忍穂耳命に葦原中国の平定が終わったので、天から降りて地上を治めるように言ったが、天忍穂耳命は、息子のニニギが生まれたためにニギに地上の統治を命令した。ニニギが地上に降りる途中にはサタヒコと言う神がいて、この神は地上への先導をすることになった。地上に降りるとき、天忍穂耳命は今までに活躍した5柱の神と三種の神器、鏡を備えていた。神々が降臨した場所のモデルは九州の高千穂がモデルになっていると言われている。降臨した神々はそこに宮殿を建てて住み着いたようで、先導をしたサルタヒコは1柱の神をつけて送り返されている。
また、このサルタヒコは伊勢の土着神であり、この神が天孫の道案内をしたとすれば、これは伊勢の有力者が天孫に服従したと言うことだと思う。また、日本書紀にはこれについていくつも別の話があり、それぞれで神の名前が違ったり、サルタヒコが出てこなかったりするなどの違いはあるが、大筋の話は大きくは変わらない。
また、ニニギは海辺でコノハナノサクヤビメという美しい女を見つけた。ニニギはこの女を妻にするために父に頼んだところ、姉のイハナガヒメと2人を嫁として送ることにした。しかし、ニニギは姉の醜さを嫌って一日で送り返してしまった。この送り返されたイハナガヒメは恥ずかしく思い、ニニギの子供の寿命は短くなるだろうと言った。このイハナガヒメは石の紙で、それを妻にしておけば、ニニギの子孫も永遠の命をもてたはずであった。この神話は、天皇は神の子孫なのになぜすぐに死ぬのだと言う疑問を解消させて、神の子孫という血統は維持しつつも、状態は人間だと言うことを説明するために作られた神話だと思われる。
ニニギの子供のうちには海で魚を撮って生活していた、海幸彦と呼ばれる兄のホデリと、山で獣をとって生活していた山幸彦と呼ばれるホヲリがいた。
あるとき、弟のホヲリは、兄にお互いの使っている道具の交換を申し出る。兄はこれを断るが、何度も頼まれたためにしぶしぶ交換することになった。しかし、ホヲリはつり針をなくしてしまい、見つかることもないままで、しかも兄からは返せと言われているので困り果てた。それで海辺でホヲリが泣いていると、潮の神シホツチが出てきて、相談するとワタツミの宮殿に行って助けを求めることをすすめる。そこへ行ったホヲリは丁重にもてなされ、気づくと3年がたっていた。そのときにもともとの目的を思い出し、宮殿のトヨタマビメに相談すると、釣り針が見つかった。そのときにトヨタマビメは兄につり針を渡すときにのろいをかけることを薦め、ホヲリはそれを実行した。さらに、ホヲリは海を満潮・干潮にするトヨタマビメに貰った珠を使って、攻めて来た兄を屈服させた。これ以降の兄は、弟に付き従うことになり、九州に勢力を持つことになる。日本書紀にはこの海幸彦山幸彦の話がいくつもあり、違う点としては道具の交換が海幸彦と山幸彦が両方とも希望してものを交換したという点である。
その後、ホヲリはトヨタマビメとの間に子供を作り、それが神武天皇となる。神話はこれ以降も続くが、神武天皇以降は神代ではなく、人代になるため、神代についてはここで終わりになる。