おわりに
南北朝時代は1392年の南北朝合一を以て終わるとされているが、これがはたして妥当かどうかはわからない。皇室の分裂という観点から見るならば、一応の決着がつくこの時点で正しいだろうが、ほかの要素を一切無視しているからである。当時はさまざまなところで「分裂」が見られ、皇室の分裂はその一つの例であるというだけと言えるかもしれない。そのほかの対立構造、守護対国人、領主対土一揆といったものは南北朝時代に顕在化し、以後戦国時代の終焉、天下統一が為されるまで続いた。だが鎌倉時代の対立構造とはだいぶ様変わりしており、南北朝時代は中世の転換期であったことは確かだ。むしろ、さまざまな新しい中世日本の諸要素が登場した「発端」といえよう。
社会全体を見渡すと、下部勢力は自立化していこうとし、上部勢力は自分の統制下に置いておこうとするという二つの力が引きあっていると言えはしないだろうか。この二つの力の引き合いの中で、適当なバランスを採って動いていったのである。二つの力を支えているのは、自分の家を守ろうという考え、すなわち「エゴイズム」だけだ。共通した時代の美意識というものは存在していないといえるだろう。しかしそうしたエゴイズムの乱舞を見つめることで、やはり変動期である現代社会のヒントを各人が見つめることもできるかもしれない。
PAGE TOP